資生堂パーラーの120年に秘められた「歴史」と「変わらない想い」

株

株式会社資生堂パーラー

2025/05/21

記事画像

はじまりは、小さなソーダファウンテンから




資生堂パーラーの歴史は、1902年に東京・銀座の資生堂薬局の一角で始まりました。
当時まだ珍しかったソーダ水やアイスクリームを提供しながら、食を通じた「美しい生活文化」を届けたいという想いを大切にしてきました。
1928年には本格的な洋食を取り入れ、洋菓子の製造・販売もスタート。銀座の街とともに成長し、気づけば120年という歴史を重ねてきました。
時代が変わっても、「お客様に感動を届ける」という想いはずっと変わりません。
 
 

伝統を守るだけでなく、常に新しさを




資生堂パーラーは、歴史あるブランドでありながら、常に変化を恐れず挑戦してきました。
 
2001年には「東京銀座資生堂ビル」が完成。ビルの各階には、レストラン、カフェ、ショップなどさまざまな形で資生堂パーラーの世界観が展開され、銀座から新しい文化を発信し続けています。
 
また、1990年には青を基調とした洋菓子パッケージを導入。
食には不向きの色とされてきた青をあえて使い、モダンで印象的なデザインへと一新しました。これを手がけたのは、資生堂の宣伝部出身のデザイナー・仲條正義氏。2015年には再び彼の手によって「銀座アヴァンギャルド」というテーマでリニューアルされ、その世界観は今も生き続けています。
 
最近では、サンリオとのコラボ商品も話題になりました。
「もしサンリオのキャラクターが資生堂パーラーで働いていたら?」というユニークな発想から生まれた商品は、若い世代にも広く届くきっかけになりました。
 
こうして、常に新しい価値を追い求める姿勢こそが、資生堂パーラーの進化を支えてきたのです。
 

変わらないのは、「手を抜かない」という姿勢




私たちが何よりも大切にしているのは、「どんなに忙しくても、手を抜かない」という姿勢です。
 
厨房では、予想以上に忙しい日もあります。
そんなときでも、「まあいいか」と思ってしまった瞬間に、お客様の信頼を失うかもしれません。
 
「自分がお客様だったら、これで満足できるか」
「納得できないものは、最初からやり直す」
 
こうした言葉が、かつての料理長たちから今も受け継がれています。
どれだけ手が回らない状況でも、一人ひとりが真摯に、目の前の仕事に向き合い、今この瞬間にできる最善を尽くす。
そうした日々の積み重ねが、お客様の心に残る体験をつくっているのです。
6
この記事が役に立ったら、いいねをお願いします!
個人が特定されることはありません。

おすすめの記事

  • 居酒屋で手に入るのは「カメレオンの目!?」 社会で無敵になれる、状況把握のプロを目指せ!
  • 就活面接でぶっつけ本番は絶対ダメ
  • 地味?やりがいは?ルーティンワークがメイン? 先輩たちに聞きました!運用・保守のイメージとリアル
  • 「イル ルォーゴ ディ タケウチ」オーナーシェフ 竹内啓二さん ボクたちの野心(前編)
  • パティスリー イーズ 大山恵介(前編) 新時代のパティシエに聞いてみた 自分らしく「はたらく」って? vol.10
  • おもてなしって「笑顔で丁寧に接すること」じゃないの?創業65年の中国料理店が明かす、一流のおもてなしとは
  • 店が変わっても活躍できる人が持つ「5つの力」
  • 16年の安定から居酒屋の社長へ 「やりたい」をやってみる独立の苦労と楽しさのすべて
  • 【第2回/現場編】線路工事の現場って何をしている?~電車が安全に走る“裏側”の仕事
  • 一軒の和菓子屋が、街の灯りになるまで。
  • 安心を、見えるかたちに 正木牧場が挑む、「JFS-C規格」と食品安全への取り組み
  • 実は2人とも、ゲーム業界を目指していた!? 3年目の若手&19年目のベテランのインフラエンジニアの『今』。
  • 建物の健康診断”をする仕事? 設計でも施工管理でもない、「調査技術職」という第三の道
  • 未来の自分、想像できる? 10年働いた先輩に、Before/After聞いてみた!
  • パティシエとしてどう生きる?働き方・店選び・独立——未来を広げるキャリア講義
株

シセイドウパーラー

株式会社資生堂パーラー

本社:東京都港区東新橋1 -6-2 資生堂汐留オフィス

No image available
シセイドウパーラー
株式会社資生堂パーラー
本社:東京都港区東新橋1 -6-2 資生堂汐留オフィス